2010年11月 7日 (日)

名が先

Nagasaki2

アニメーターは金ではなく名誉を求める。
仲間であり、後進を育てる中核として活躍しなくてはいけないベテランが次々と亡くなっていくことを、若いアニメーター諸君はどう感じているのか?

かつてスタジオNo.1に所属し、ガンダムや近年では東映作品で活躍したアニメーター長崎重信氏が10月29日大腸がんのため永眠。金田氏の後輩というか、金田組の中心メンバーというふうな印象が強いけれど、最近はフリーで自宅作業をしていたとのこと。
写真のように、なにかというと飲んで騒いでいたのも30年近く前の話しになりますか。
山内、内山と相次ぐ訃報は、金田氏が連れていっている感もあり、「いい加減にしろ!カナダ!」とつぶやいてしまう程です。
長崎"くん"は、僕にとっては元オープロダクションの人間という気持ちも強い。
キャリアは先輩だけど、移籍してきたので会社では後輩、という同僚で、何年か小松原一男の下で同じ「東映部屋」(東映班のためのほったて小屋)にいた仲間でもありました。今でもこの時代の思い出が鮮明で、日本のテレビ・アニメーションの歴史の中で熱い時期でもあったと思えます。僕個人でもそうだけれど、"アニメ"史でも「青春」だったような気がします。

嘆きつつ、11月6日の通夜、7日の告別式へ手伝いをしようと、行きました。
東西線の落合駅から歩いて5分の落合斎場は、4つの葬儀が隣り合わせで同時に行われる都会ならではの込み合った会場。となりのお経が聞こえてきたり、ちょっと落ち着かない斎場です。
 とはいえ、粛々と式は進み、野田さんはじめ、金田牧子さん、亀垣氏、本橋氏、越智氏、鍋島氏、山下氏、髙橋氏などNo.1関係者も来てくれてさびしくはない会になりました。
翌日の告別式には貞光氏も来てくれました。弔辞は、僕が野田さんに頼んだのだけれど、いくら師匠だからとはいえ、相次ぐ訃報に心中如何ばかりか。勝手ながら、以下に哀切の弔辞を掲載する。

「弔辞 長崎重信くん。...長崎くん、今日このような形で貴方を送る事になろうとは考えてもいませんでした。私より一回り以上も若い貴方を、こうして送らなければならないことに心が痛みます。
長崎くん...私は今遠く30年も昔のことを思い出しています。保谷のスタジオNo.1のことです。貴方はまだ若く、アニメーターとしても新人の頃でした。貴方は多くの仲間達に恵まれ、良く仕事をし、良く遊び、保谷の町で食事をし、たまには仲間と飲み、町をぶらつき......それが私たちの日常でした。
私にはなぜか、貴方がその独特なシャイな感じで照れくさそうに笑っている、その顔ばかりが思い出されます。アニメーターとしての研鑽も怠りませんでした。30分のテレビの仕事をほとんど一人で描き上げたこともありましたね。...驚きました。
その時期に身につけたアニメーターとしての力量が、その後の長いアニメーター生活を支えたのだと思います。
 奥さんの美貴さんと出会ったのもこの頃でしたね。間違いなく貴方にとって思い出深い時期だったと思います。
あれから30年の年月が過ぎたのですね。その後の長いご無沙汰を許して下さい。病の身である貴方をお見舞いすることもありませんでした。悔いが残ります。
長崎くん...貴方が若い頃に、貴方の身近にいて一緒に過ごした一先輩として、貴方の事を思い出しながらこれを書きました。お別れの言葉といたします。安らかにお眠りください。 野田卓雄」

喪主の美貴さんから、故人がこのブログを"お気に入り"に入れて読んでいたと聞いて驚いたのは、なんだかコンピュータを扱っている姿は彼らしくない思えないからなのか。オープロのことを気にしてくれたのか。長崎くん、これも読んでいるかい?

(写真は28年前の「みんなで三十路を迎える会」、荻窪の居酒屋で)

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2010年8月25日 (水)

やまうち枯らし

Yamauchioh

今敏監督の訃報がもたらされている中で、携帯が鳴った。友永和秀からの「山内くんが今日亡くなった」という知らせのメールだった。今敏さんのことは多くの人が語るだろう。僕はまずショウジュウローのことを書かねば。山内昇寿郎は、僕がオープロに入る前にちょっと居たらしいけど、僕の後に再度入社した。だから、同世代のアニメーターとして先輩であり、後輩であるヘンな関係だ。顔はさわやかに若いし、真面目さにかけるけれど、腕は良い。小松ちゃんにもお覚え目出たいアニメーターだった。丹内司氏とそろって退社して、テレコムを経て、ぎゃろっぷに行った。もう退社してからの人生の方が長いけれど、いつも「オープロの人間」と僕は思っていたし、たぶん本人もそういうことに違和感がなかったのではないかと思う。オープロってそんな風にいつまでもずるずると情の人間関係をひきずる風土があるんです。
 だから、何かというと当然のように誘うわけで、村田氏の追悼会も来てもらうし、金田の「送る会」にも来てもらった。1年前に元気(そうに?)金田を送ったのに、今度は送られる方になるなんて、無常すぎるではないか。
 彼が好きだった九州のオープロOGのTさんにも電話して伝えたのだが、ビックリしていたもんだ。酔っぱらってTさんに何度も抱きついた話しを酒の肴にしたことは数えきれない。仕事上と私生活でストレスがあったのか、酒を飲み過ぎたのか、タバコをのみすぎたのか、脳梗塞になる前にオープロに復帰させておけば良かったなあ。せめて丹ちゃんと友永を早くオープロに呼び戻す事にしようか。なにしろ仕事も少ないけれど、うちはストレスのない楽園のような所だから、長生きは保証する。
 オープロ出身のアニメーター諸君!オープロで長生きし、オープロで死になさい!!

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